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Author:幸子
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家族を知り愛を知る

入院2日目。3月8日のオカン。

昨日の夜泣きまくったからなのか、
昨日とは全く違う爽快感さえ感じて迎えたような朝。
やはり夢だったのだろうか。
そんな事を思いながらダイヤの散歩へ。
そしてその後チャリンコを飛ばして行ってみる。
だよね、夢じゃないよね。
今日は間違って仕事休みにしていたから出勤しようと思ってたけど、
そのまま放置で昼から夕方までオカンの傍で。
病室を開けたらスッキリした表情に見えるオカンが座っていた。
そして点滴の腕が反対になっていた。
聞くと、自力で外してしまったらしい(^_^;)
今日は昼から血管造影剤を使ってのMRI検査だったがそれは無事終えた。
動かずにジッとしていられたよう。
先生からの話は後日になるだろう。
少し前に隣町であれだけ歩けていたのは夢だったのではないかと自分の頭ん中を疑ってしまうほど、
運動能力は随分落ちている。
もうほとんど自力で歩けない状態だ。
支えがあっても厳しいくらい。
そんなオカンを見ていると脳まで犯したガン細胞が憎くてたまらない気持ちになった。
しかし、昨日今日とこちらの質問にまあまあまともに答えられていて、しっかり受け答えはできていたりもする。
だから昨日先生が診察で言ってたことも覚えている。
脳腫瘍がある事を知っている。
いつまでかは解ってないし、私も解らないが、まずは検査入院で入ったと知っている。
今日はこんな事をボソっと言った。
「認知症じゃなくて良かった。死は免れないが徘徊しなくて良い。」
そか、、ちゃんと死を受け入れてるんやね、覚悟できてるんかな、、
っと思ったら、
「ここまでやってきたんや。そう簡単には終わらさへんで。」

どっちかというと後ろ向きな発言しか耳にしないオカン。
だけどまだこんなに強い意思を持っていたのかと少々驚いた。。
生きたい。死にたくない。
うん、うん。そうだね。。。

去年倒れてからお漏らしなど下の件を気にする度合いが半端ないオカン。
家の中でも何枚も重ねておむつを履いたり、まめに便座カバーを変えたりしていた。
今はまだ何とかリハビリパンツで過ごせているが、今日チェックしたらパンツを上まであげる事ができなくて太ももあたりで止まっていた・・・。
そういう状態になっていること、それでは履いてる意味があまりないこと、それも解らなくなっている。
一番気にしていた部分のことも出来なくなっていく姿を見るのはとても辛い。
それだけ悪化していることを受け入れなければならないということ。

それでも今日病室でオカンと過ごした時間は穏やかそのもので、途中オカンの病気のことを忘れてしまいそうになったりしてハッとした。

と、同時に病院の患者への対応の不信感が募った。
昼から夕方まで、私が滞在していたのは約6時間。
その間、血圧測ったりお決まりの業務をただこなす以外オカンの様子を覗きにくる看護師はおらず、放置だったのだ。
私がいるからこそ出来たことが今日も沢山あった。
先生は病院なら安心でしょうと言って入院を勧めたが、逆に心配なんですけど、、、
私がいない日の病院でのオカンが心配でたまらなくなる。
今後どうしようか凄く悩む。
そんな事ができるのかさっぱり解らないが、やっぱり自宅に帰らせてあげたい、、。
問題は山積みだ。。

そういえば今日も病院へいくと行ったら安心してるような私に任せる的な空気だった糞ジジイ。
仕事だから来れないということか、と思って家を出たのだが、
帰ったら糞ジジイは仕事休みだった事が判明。
どうせまたパチンコにでも行ってたんだろう。
今日朝話した事はオカンの年金の話。
年金が振込まれるキャッシュカードをオカンに渡してしまってしくった、預かってないかと言う。
オカンが金にしか見えてない様子。
ほんと一体どんだけ冷酷な人間?なのか。
やっぱりこいつは鬼畜だ。
お前に何かあったとき、お前がオカンにしたこと、それ以上のことを私もしてやりたい。

まさかの展開。この衝撃を一生忘れない。

3月7日。この日を待っていた。
オカンも早く病院に行きたそうだった。
病院に行けば良くなるのではないかという期待を抱いているようだった・・・。
そして今日はやっといつもの病院で脳外科の診察日。
もっと早くに行くべきだったのだろうけど、そんなすぐに予約取れないだろうし、この日まで待って大丈夫だろうと思い込ませて迎えたような今日。

ネットでオカンの症状を調べていたら、認知症の中でもほぼ確実に脳血管性認知症の症状がオカンにぴったり当てはまるのでそう診断されるだろうと何ひとつ疑わなかった。
思えばこの8年ほど、あの大腿骨を骨折したときから始まったのではないかと思い出した。
オカンがこないだ言っていた。「ハワイ当選旅行で全ての運を使い果たした。」と。
その時は勘違いすぎると思ったが、
改めて振り返るとそうかもしれないと思ってしまったほど、幸か不幸かあまりにも鬼すぎるオカンの人生。
糞ジジイのフォローもあり鬼のように仕事⇒大腿骨骨折⇒(ハワイ旅行)⇒大腸がん⇒腎臓結石⇒娘が自殺(鬼のように働いていた仕事をついに辞める)⇒脳出血⇒肺ガン⇒認知症

「お久しぶりです。先生。実は1ヶ月ほど前から状態が悪く深刻な状態でして。。。」
先生「でしょうね・・・。」
先生「どうしてもっと早く来なかったのですか?」と初めて見た気がする先生の真剣な表情。
チャラくて若いその先生。あまり信頼してなかったというのもあったから。
その先生がそんな危機感を持った発言や表情をするなんて。
何もかもまさかの反応だった。どうして知っているの?と心がパニクった。
診察前のCTを診てそれは明らかにされたのだ。
「腫瘍が圧迫してます。これは転移ですね。」
え、、いま何と・・・?
微塵も予想してなかったまさかの現実に言葉を失う私。
まさか、、痴呆症というのが思い込みだったなんて、、

嘘でしょ??そんな事ってある???

というか、脳出血の後遺症による痴呆症も併さってダブルとのこと。

どれだけ残酷なのか、、一体オカンはどれだけ苦しめばいいの???

あまりの衝撃に、ただ先生の話を聞いて「はい・・・。」「はい・・・。」としか答えられないような状態だった私。
心はざわついたが詳しい検査も含めそのまま入院する事になった。
今の状態で家に置いておくのは危険という判断があるのは勿論だが、、、
この間に家の環境を整えておくようにという先生。
意味が解らなかった。
何を整えておくのか。
その後入院前検査をしてる間に携帯で検索した。
「脳転移 がん 症状」
余命は一般的に半年らしい。
もちろんそれはあくまでも目安に過ぎない。
いつ訪れてもおかしくないかもしれない「死」

痴呆症だとばかり思っていたから、、
甘えた考えだったから、、
オカンと離れる事なんて考えてなかった。

退院してせっかく与えられたオカンとのこの半年を、
私は相当無駄に過ごしたのではないか?
なんて嫌な人間なんだろう。
そんな風に問いかけずにいられない。
おかしな様子のオカンに
「なんでできひんの?」
「はあ!?何回も言ってるやろ!!!」
キツイ言葉を沢山投げかけた。
逆ギレともともとの性格もあるとは思うが、、
「毎日地獄や」とか、「あんたに何か言われる度に死にたくなる」とまで言うオカン。
そしてそれを言わせてしまった私。
痴呆症と脳腫瘍なら脳腫瘍の方がまだ己を保っていると思われる。
それだけ傷つけたということ。
私は最低だ。

病院で溢れそうな涙をこらえるのに必死だった私。
去年お世話になった看護師さんたちに会った。
「おかえりなさい」と言われた。
そんな残酷な事をサラッと言わないで、言われたくない・・・。

そして去年お世話になったリハビリの先生と出くわした。
何も話していないのに、再入院した情報をすでにご存知のような表情。
オカンを心配してくれてる気持ちが伝わった。
抑えていた涙が溢れる。
また、、、お世話になります。。。

病院に到着して早々に去年リハビリで一番お世話になった先生に会ったとき。
「いつも干支で思い出すんですよ。」と先生にいうオカン。
「ねえうしとらううたつみい」
「たつみ先生」
心から笑顔が溢れた。
その笑顔を消したくない。
消したくないんだよ・・・

仕事に出ているジジイに電話した。
伝える途中まるで子供のように、とてつもく大きな声をあげて泣いてしまった。
どれだけ糞だと思っても、縁を切れない。
私たちは親子で家族なのだ。

一体何回覚悟すればいいのか?
そんな事を感じてしまった私は、何が起こるか解らない毎日が覚悟なんだと言いながら、覚悟できていない口だけの弱い人間だ。

脳と肝臓に転移。どんな最後を迎えるの? - 癌掲示板
http://www.gankeijiban.com/bbs/020mune/log/1136649769.html

そうですよね。できるだけ傍に。。。

脳血管性認知症。オカンの不可解な行動まとめ。

【脳血管障害による認知症の症状】
・怒りっぽくなる
・尿失禁
・握力が落ち、箸を落とす
・足を引きずっている
・ろれつの周りが悪い
・夜に騒ぐ(夜間せん妄)
・感情失禁(ささいなことで泣く、笑う等)
・病識(自分がおかしいという認識)はある
夜に騒ぐことは今の所ないがほとんどあてはまっている。
正にこれらの症状が出ている。
脳出血からの認知症だろうと思う。
また脳血管障害性認知症の特徴は徐々に症状が進んでいくのではなく階段式に症状が進んでいくとのこと。
昨日できていたことが今日にはできなくなっているなど、進行がとても早いしショックも大きい。
毎日何かしら症状の悪化を感じる。

【オカンの様子ここ最近のまとめ】
同じ場所を1日に何度も片付ける(ただ、これは去年9月に退院してからすぐ見られずっと続いている行動に思う)
話かけても反応がない。
時間の感覚がおかしい。
19時でも17時だという。間違ってる事を丁寧に教えても理解できない。
自分がおかしい事は自覚がある、自分で頭が壊れているという。
しかし、私は頭がおかしいんやと言いながら、そのおかしな行動について注意してもそれを止めようとしない。
注意されると度々キレる。
被害妄想が激しい。
ありもしない事をいう。妄想。幻覚。
本当にないのかは知らないが糞ジジイに女がいると思って嘆いている。
1人でいる事に不安を感じている。
毎日寒いと言ってる。

1回でできる洗濯物を少しづつ分けて何回も洗濯機を回す。
それを干さないで部屋に放置気味。
取り込んだ洗濯物も放置気味。
畳んだとしても何処に直せばいいか解らない。
ガスコンロの火がつかないとパニくり火が出る場所を分解する。
ガスコンロのスイッチが押されたままでガス警報機が鳴っているが何故鳴っているのか、どうやったら消せるのか理解できない。
意味なく火を点ける。
自分の、ジジイの、ご飯の支度ができなくなった。
お茶を沸かす、ご飯を炊く、食器を洗う、野菜を切る事はまだ一部出来ている。
が、相当不安定。
薬の管理も出来なくなった。=飲んでいない。
明日病院の検査があるから薬を飲んでいないというが明日そんな検査はない。 日付もちゃんと認識できない。
歩くペース、体力の衰えも目立つ。
こないだは、知らない間にゴミを捨てに行って、一つ上の階の違う人の家に帰ってしまっていた。
違うと解って戻ってはこれた。
オカンは夜だったから間違ったのだと言っている。

頭痛。

日々オカンの支離滅裂度が増している。
あまりにも悪化するスピードが早いように感じる。
今日なんて部屋の電気のリモコンの付け方が解らなくなっていた。
私は仕事に行かないといけない時間だったしこうやって点けるんやでと軽く教えて仕事から帰ってきたら、
ずっとリモコンと格闘してたようでオカンは真っ暗な部屋の中にいた。。。
どうやっても電気がつかないという。
おかしいと思いリモコンをチェックしたら、蓋を開けて電池を真逆に入れていたオカン。
そりゃつくはずがない。
そして電気屋さんに行ったとか訳のわからない妄想を語るオカン。
今まで出来ていた簡単な事ができなくなってきているだけでなく、今まで何とか通じていた会話もだんだん出来なくなってきているように思う。
そして部屋をみると糞ジジイがまた仕事休みでオカンを助けてあげられる時間あるくせに、テレビを見てはタバコを吸い、ただただグータラしていた。
オカンは午前中から私が帰ってくる夕方まで、電気がつかないと苦しんでいたのに。
出来るだけ楽しておいしい思いをしたい。そんな糞な欲望で満たされた糞まみれの糞ジジイの人生。
そうでなくても酷い環境の中で更にストレスを増やされ害を与えられるのみ。
こんなに邪魔な存在だと思う人間はそういない。
早く消えてほしいと静かに心から毎日願っている。
死人みたいにただ息をしているだけなら、生きたい人に命を譲ってやれよと思う。

自分の事をノーテンファイラーだ、頭が狂ってると言うくらい、訳が解らなくても自分の状況を感じているオカン。
相当しんどそうで頭が痛いという。
今日は死んだほうがマシだと部屋でつぶやいていたが、
自分でもそう感じるかもしれないし、オカンの人生なんだから好きなようにすればいいと何もいう気も起こらなかった。
私も相当疲れてる。頭痛い。
もう何もかもめちゃくちゃ。
どうしたらいいのか解らない。
このまま進行したら施設とかも視野にいれないといけない、そんな事も考えるがそんな金銭的余裕は一切ない。
面倒を見る時間もない。協力者もいない。私しかいない。
もしかすると頼めば助けてくれるかもしれない協力者(親戚)がいるが、糞ジジイの存在がそれを許さない。
ないないないと嘆くのは自分がいかに恵まれた環境にいるか感じてないから。
いつかないないと言ってる人にそんな事をいったように思う。
今は自分がそうなっている。
もっと暇人な愚か者がこの世界には沢山いるだろうに、どうしてウチなのか。
とことん嘆きたくなる。
心が助けてと叫んでいる。

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オカンと退院後初のお出かけ。親孝行と反省。

時間が出来れば活動へ。休みの度に活動へ。
退院後暫くは通院する事も多くその度に付き添ってもいたが、通院する事も少なくなり、あっても大丈夫だろうと1人で行かせたり、すっかりオカンの事を放置していたこの半年間。
昨日23日は久々に神戸まで毛皮反対デモ行進に行く予定にしていたが、こんな状態なのでオカンと過ごす事を優先させた。
脳機能を活性化させるには、計算ドリルなどの頭の運動をするといいと聞いていたので、ちょうど良さそうなのがあったので購入。
早速やってみたが、足し算はまだスラスラできるものの、引き算がほとんどできないオカン。
でもそれにはそうビックリはしなかった。
引き算ができないのはいま始まったのではなくて、入院中リハビリしてる時からできなかった。
脳出血の影響で一部ダメージを受けているから。
問題を声に出しながら、色々指示しながらやってもらう。
入院中のリハビリ好きそうだったから、久しぶりの学習を楽しそうにやってるように見えたオカン。
これからできるだけ日課にしたい。
その後、1つ隣の繁華街?のホームセンターに一緒に連れて行くことに。
退院してから近所のスーパーくらいにしか行ったことないから、久々の遠出だ。
足もあまり良くないし嫌だというと思ったし、案の定やっぱり嫌がったが、
歩く事も脳を活性化するのに役立つし良い刺激にもなると思い無理矢理連れて行った。
まる1日一緒に過ごすなんて久々。
出かける事でオカンがいまどういう状態か知る事もできる。
歩くのはゆっくりだが、思ってたよりスムーズに進めて良かった。
そんな中で発見したおかしな行動
① エレベーターで目的の階についても出ようとしない。固まって動かない。声をかけても反応遅い。
② 駅の改札。出口なので出てくるはずないのだが、切符が出てくるのを不思議がり待っている。
説明しても理解できない。因みに電車に乗るのは久しぶりではあるが初めてではない。 
③ ホームセンター。欲しいもののあるコーナーへ1人で向かう事ができたが、途中目に飛び込んでくる商品がなんなのか、自分がそれを必要なのか確認するかのように何度も固まっていた。
そしてその場所から中々離れようとしない。
④レジで払い終えてもう用事もないのにその場から中々離れようとしない。

そんなこんなで想像以上に時間を費やしたが、不安定ではあるが何とか会話も成立していて必要なものを無事購入することが出来た。
ホームセンターのあった場所が昔亡くなったちこちゃんと良く来たエリアのようで、途中思いだし涙を浮かべるオカン。
そしてチコちゃんと良く一緒に行った100円ショップへ行きたいと言い出し、予定より相当な距離を歩くことに。。
そういう記憶力はある。
杖をつきながらユックリだからというのもあるが、隣街に出かけただけで往復6時間もかかった。
帰り道、オカン足が辛そうでタクシーに乗りたいと言い出したが、タクシーが流れてなかったので諦めて電車で帰宅。
こんなに長時間歩けるとは思ってもいなかったので凄いと思った。
帰ったらバタンキューで寝てしまうのではないかと思ったが意外に元気だったオカン。
コミュニケーションを持つだけでも、良い刺激を与えることが出来る。
大丈夫だろうと決め付けてオカンを放置してたことを反省する。

今日の夜、2回目の計算ドリルタイム。
しかし、昨日よりできなくなっていた。。。
引き算はともかく足し算までミス連続。
何度解りやすく説明しても理解できないオカン。
ここまで酷いとは、、
一体頭の中どうなってるんやろ、、、ほんと不思議。
理解できないオカンに対してついついスパルタになる私。
そして「怖い・・・」と嘆くオカン。
「そうや、私は怖いで!!」とバッサリ。
最後はその状況に何故かお互い爆笑。
何にせよ時間を共有する事は大事だ。
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